月ごとの、小説や詩のおすすめの一冊をご紹介していきます。3月。春ももう間近です。
おすすめの小説
さて、中原中也という人は悲しい人生を送った人だという印象があります。同時に、僕にとってとても羨ましい生き方をした人でもあります。弟や息子を早くに亡くし、生涯最愛の女性(長谷川泰子)を友人(小林秀雄)に取られ、30歳の若さで病気でこの世を去った悲しい青年。同時に、それらの経験から多くの優れた詩を残し、今もたくさんの人から強烈に愛される詩人、というのが僕の中原中也への印象です。
中原中也というと、表題の『汚れちまつた悲しみに…』や、『サーカス』が有名ですね。
汚れっちまった悲しみに……
汚れっちまった悲しみに
今日も小雪の降りかかる
汚れっちまった悲しみに
今日も風さえ吹きすぎる汚れっちまった悲しみは
たとえば狐の革裘(かわごろも)
汚れっちまった悲しみは
小雪のかかってちぢこまる汚れっちまった悲しみは
なにのぞむなくねがうなく
汚れっちまった悲しみは
倦怠(けだい)のうちに死を夢(ゆめ)む汚れっちまった悲しみに
いたいたしくも怖気(おじけ)づき
汚れっちまった悲しみに
なすところもなく日は暮れる……
サーカス
幾時代かがありまして
茶色い戦争ありました幾時代かがありまして
冬は疾風(しっぷう)吹きました幾時代かがありまして
今夜此処(ここ)での一(ひ)と殷盛(さか)り
今夜此処での一と殷盛りサーカス小屋は高い梁(はり)
そこに一つのブランコだ
見えるともないブランコだ頭倒(あたまさか)さに手を垂れて
汚れ木綿(もめん)の屋蓋(やね)のもと
ゆあーん ゆよーん ゆやゆよんそれの近くの白い灯(ひ)が
安値(やす)いリボンと息を吐(は)き観客様はみな鰯(いわし)
咽喉(のんど)が鳴ります牡蠣殻(かきがら)と
ゆあーん ゆよーん ゆやゆよん屋外(やがい)は真ッ闇(くら) 闇の闇
夜は劫々と更けまする
落下傘奴(らっかがさめ)のノスタルジアと
ゆあーん ゆよーん ゆやゆよん
『サーカス』の、ゆあーん ゆよーん ゆやゆよんは、なにかの折にふと口に出てくるくらい頭にのこるフレーズです。こうして改めて読んでみると、やっぱり中原中也の詩はどこか暗くて鋭利で、ドキドキします。
僕は、『北の海』という作品がいちばん好きです。
北の海
海にいるのは、
あれは人魚ではないのです。
海にいるのは、
あれは、浪(なみ)ばかり。曇(くも)った北海の空の下、
浪はところどころ歯をむいて、
空を呪っているのです。
いつはてるとも知れない呪。海にいるのは、
あれは人魚ではないのです。
海にいるのは、
あれは、浪ばかり
冬の海を見ると、よくこの詩を思い出します。海にいるのは、あれは人魚ではないのです。なんだかおそろしい海に、いないと言っているのに怖い人魚が棲んでいるような、そんな気持ちにさせられます。
春が訪れる前に、冬の読書を楽しみましょう。この季節、心をしん とさせたい人に、おすすめの一冊です。