月ごとの、小説や詩のおすすめの一冊をご紹介していきます。6月、梅雨ですね。6月は、明るすぎない本を読みたいです。雨の日に似合う一冊をご紹介します。
おすすめの小説
ロシアの劇作家、チェーホフの戯曲です。桜の園は知らなくても、チェーホフの名前は知っている、という人も多いのではないでしょうか。ほかには、『かもめ』、『ワーニャ伯父さん』、『三人姉妹』などが有名ですが、僕はこの本が思い出深く、一番好きです。なお、僕は新潮文庫のほうしか読んだことがないので、翻訳者が違う岩波文庫のものもいずれ読んでみたいです。
学生時代にはじめて読んだのですが、ロシアの戯曲自体これがはじめてで、とにかく名前とキャラクターが一致しなかったのを覚えています。主人公の名前はラネーフスカヤ。商人の名前がロパーヒン。地主の名前がピーシチク…と、とにかく馴染みがない名前で、男性か女性かすらわからなくなったりしました。結局、ノートに登場人物の名前と概略を書き、たしかめながら読んでいったのを覚えています。
ざっくりと自分なりにあらすじを。
ラネーフスカヤ夫人はロシアの貴族です。パリに住んでいたのですが、このたび、5年ぶりにロシアの大豪邸『桜の園』に帰ってきました。思い出に浸る彼女を喜び迎える屋敷の人びと。『桜の園』にはたくさんの桜の木があって、この世の誰もが認めるほどの美しい場所です。さくらんぼの収穫もでき、優雅に暮らせるだけの収入を得ることができていました、というのは5年前までの話。いまやラネーフスカヤ夫人は一文無しで、依然美しい『桜の園』もこのまま維持できそうもありません。広大な領地はすでに抵当にはいり、まもなく競売にかけられる運命にあります。
どうしよう?
そんなお話です。
基本的に、登場人物は一部を除きみんな一様に視野が狭く楽天家です。なんとかなるさ、というか、私って不幸だわ…でも誰かなんとかしてくれるわよね…みたいな感じです。特別大きな出来事もなく、気の利いたアイデアも、一念発起してなにかしよう!という団結も出てきません。逆転劇も起こりません。ただただ少しずつ、尊いものが失われていく現実味のない悲壮感と倦怠感がずっと続きます。なんていうか、美しいものにずっとふれているような感覚で読み進めることができる一冊で、不思議な読後感があります。
これを読んでまっさきに連想したのが、太宰治の『斜陽』の一節です。
『斜陽』も日本の没落貴族のお話で、ただただ落ちぶれていく家族の様子を、少し切なく、けれどもコミカルに描いています。僕はこの本の、魅力的な「母」がスープを飲むシーンが大好きで、『桜の園』を読んだときすぐにこれを思い出しました。
ずいぶん後に知ったのですが、太宰治は「日本の『桜の園』を書く」と言って、『斜陽』を書いたそうです。連想するのも当然ですね。
なお、どちらも青空文庫で読めるようです。
『桜の園』- 青空文庫
https://www.aozora.gr.jp/cards/001155/files/43598_38389.html
『斜陽』- 青空文庫
https://www.aozora.gr.jp/cards/000035/files/1565_8559.html
ですが、せっかくなら古本屋ででも本を買って、雨の日に喫茶店に傘をさして向かう、なんていうのも、この時期ならではの楽しみですよ。