ギャップ分析

この一年環境が変わったということもあり
色々と魅力的な人とお会いする機会も増え嬉しいと思う反面
そういった方々とお話する度に痛感するのは自分の知識や経験、アイデアの乏しさでして

「あ!この人は色々な角度から自由にアイデアを思いつくな!」とか
「あ!こだわりや美学を大切にしていて素敵だな!」
「あ!ちゃんと話に落ちがあるな!」
「あ!面白い!!」
「あ!あ!あ、、、、、」

と、感動したり勉強になると同時に、自分の至らなさを痛感するわけです(汗)

ただ、逆に考えれば
何も感じない環境にいたら
感動も勉強になることもなく、
至らなさゆえに自分を変えようと思う機会を得られないわけで
痛みはあるけど、それはそれで、とても幸運なことなのではないかと

で、
自分も少しでもそういう人たちに近づくために
具体的に行動に起こして行きたいぞと
今強く(必要にも迫られて…)そう思っています。

そこで、そういう人たちと僕の現状の能力や経験の違いは
どこにあるのかと、少し真面目に観察してみたわけですが

ギャップ

僕なりの仮説が以下

そういう人たちはスバリ

「好きなものがちゃんとあって、たくさん感動していて、それを愛を持って語ることができる」

僕との差は他にも上げれば当然たくさんありますが、
その他を追っかけると収集つかなくなって一向にそういう人たちには近づけなさそうなので
まずは上記だけを意識して行動していくしかない

さて、仮説をもう少し掘り下げて、自分に照らし合わせてみます。

「好きなものがちゃんとあって」
これは僕にもちゃんとあります。(ひとまずよかった)
瞑想やヨガや気功、太極拳といった、今まで人類が培ってきた
身体に関わる技術や知に興味があるし
それ以外にも本や映画も大切にしていきたい思いがあります。
それと滞っていた物事や情報を整理し方向づけて風通しを良くする(今のディレクションというお仕事ですね)
そういこともやはり好きなことです。

「たくさん感動していて」
これがちょっとあやしい。
年々、感動の幅や深度を、知らず知らずのうちに狭めてしまってきているような気がしています。
感動の数もなんだか少なくしてしまっている自分がいる気がするなぁ。
ここで課題が1つ「たくさん感動」

そして
「愛を持って語ることができる」
ここが非常にあやしい…
今一番自分に足りないなと思うのは、この部分。
「語る」という行為。

これはですね。実は最初に書いた
「魅力的な人とお会いする機会も増えている」からこそ感じる所なのかもしれません。
語ることは、人がいるからこそ生まれる行為。
それも、今まで自分がいた場所とは違うところで出会うからこそ
語る必要性も生まれてくる。
自分は何者なのか。自己紹介から、まずは出会いが始まるわけです。

「自分は何者でもない。だから語れない。」
確かにそれはそれで事実なのですが
「語ることで何者かに成って行く」
確実にそういうプロセスもあると
魅力的な人たちと出会うとそう思うのです。

ですので当面の目標は
「好きなものがちゃんとあって、たくさん感動していて、それを愛を持って語ることができる」

それを表現するには、このブログは良い場所だと思っています。
好きなものをたくさん見つけて感動して、そしてアウトプットしていく。

あ!最後にオマケで目標を1つ足してしまおうかな!

「イラストを今より上手く・かわいく書けるようになる」