“ふつうじゃない”がふつうにある
“ふつうじゃない”がふつうにある

菊地 大介きくち だいすけ

松のことは松に習え、竹のことは竹に習え。

“ふつうじゃない”がふつうにある

ストレートヘアと、天然パーマ。
ふつうなことと、ふつうと違うこと。

ふつうの生涯を送ってきました。いや、ふつうの生涯を送りたいと思ってきただけかもしれません。ときにふつうでありたいと思い、ときにふつうの人生なんて嫌だと思い、僕にとって「ふつう」との距離感は、いつも曖昧で、ゆらゆら未定義のまま宙ぶらりんになっているような印象があります。

幼少期は、のほほんと幸福に過ごしていたように思います。それなりに器用で、勉強や運動もクラスでは上の方、友達にも恵まれ、学級委員長をやることも多かったです。
その当時、少しだけ気に留めていたことがあったとしたら、

僕はとんでもない天然パーマだったこと。

おしゃれとは程遠い、重力に逆らう激しいやつ。こどもの頃はよくハーフなの?と聞かれていたようです。肌も色白で弱く、夜中に肌が痒くて眠れないみたいなこともありました。その上、鼻炎持ちでティッシュは常備していないと不安でした。

「あ〜、ふつうの人はこういうことで悩まないんだろうな」という思いは、常にどこか根底にありました。妹はふつうの髪質で肌もキレイ。夜もスヤスヤ眠っている姿を見ながら、妹はふつうで良いなぁ。そんな風に思っていた記憶があります。

幼少期の僕にとってふつうとは、髪がストレートで、肌がかゆくならず、テイッシュがいらない日常生活、そういうものだったのかもしれません。

ふつうと違うことに憧れた。
でもそれも、ふつうなことだった。

とはいえ、これと言って特に深い悩みもなく、小・中学生と過ごし、そのまま高校受験。運良く第一志望としていた公立の高校にも受かり高校生になりました。このあたりで、ふつうに思春期よろしく、ちょっと人と違う自分に憧れ始めました。

僕が行った高校は公立では珍しく私服が許されている高校でした。定期的に東京に足を運んでは、少し背伸びをして、その当時流行っていたブランドのお店に行ったり、古着屋さんへ。時間だけはあったので、表参道から中目黒まで歩いて往復するなんてこともありました。最後は両手に袋を抱えて渋谷のタワレコへ。純粋な音楽への興味も無かったとは言えないでしょうが、主な目的はクラスの皆が聞いていない音楽に触れたいという思いが強かったように思います。耳にはピアスをあけ、ピンクのジーパンを履いて、ふつうと違うということにあこがれながら、ふつうの思春期を迎えていた僕。
ヘッドフォンを耳にかけ、人と違うことをしていると高揚しながらも、それ自体がふつうの10代都内近郊の若者の生態系に含まれるということを、どこか予感していたのかもしれません。高揚しながらも、どこか心の奥底は渇いていたように思います。

その渇きを解消すべく「もっと人と違うことを」と手を伸ばしたのがホームページを作ることでした。自分はこんな音楽を聞いている、こんな映画を見ているんだと自己顕示欲の権化となって、ポチポチ手打ちでHTMLを書きサイトにUPしていきました。

「どうだ俺ってすごいだろう」と悦に入り、ポチポチポチポチ。そうやってアウトプットを重ねていく中で、どこかで自己顕示のポチポチの閾値を超えたようで、背伸びをしたもう少し先の自分ではなく「今・ここ」にいる自分のことを書き始めていました。いくら外見を見繕ってオシャレだと人に言われたとしても、結局は彼女が欲しいよね。お前いないよねと(笑)。
ただ、茶化すような物言いではなく、素直に情けない自分っていうのを吐露するようになっていきました。

そうすると不思議なもので、まずは周りにいた友人たちから「実は自分もさぁ…」と、情けない話を聞くようになりました。
最初はサイト上の掲示板で、そのうちに学校帰りなどの日常で。普段底抜けに明るい馬鹿な奴が、実は自分の生い立ちに対して負い目を感じていたり、日常のクラスの会話では、昨日のお笑い番組の話をしていた奴が、実は哲学書とかも読んでいるようなやつだったり、ネット上のコミュニケーションとリアルのコミュニケーションが入り混じって、なんだか今までふつうに話していた環境が、人それぞれ幾重にも重なったレイヤーの上に成り立っているんだなと、そんな当たり前のことを身を持って体感した感じがしました。

菊地 大介 菊地 大介

他人のふつうに触れ、掘り下げ、広げていく。

そうして僕はそういう話を聞くことが純粋に好きになっていきました。どこか情けないと当人が思っている話を、人が飾りなく率直に話す時、その言葉の運び方だったり、声のトーンだったり、目線の向きや意識しない仕草に、なんだかとても豊かな時間が流れているように感じていました。
その頃から、僕は人や自分がふつうであるか否かというより、お互いにそういう豊かな時間が流れるかどうかということのほうに興味が移っていきました。

僕の原体験は、多分そこにあります。

人が本当に望むものや課題を話す時、そこには何かしらふつうとは違う何かが宿る気がしています。それは、自分のことであっても、会社や仕事のことであっても、どこか根底では通じているように思っています。
クライアントが自社の課題や目的を話す時も、幾重にも重なったレイヤーを紐解きながら、本当の課題は何なのか、本当に望むゴールはどこなのか、そこに耳をすまし、整理しながら、かたちにして双方で納得していく作業が好きです。そこにちゃんと触れることができた時、必然的にクライアントと一緒に作るアウトプットも良くなると信じています。

色々と行ったり来たりしながらでしたが、今ディレクションとしてそういった仕事に携われていることをふつうに嬉しく思っています。
そして、その作業をこれからも、掘り下げたり広げたりしたいと思っています。

2022年3月6日
菊地 大介

菊地 大介

Profile

菊地 大介

菊地 大介

ディレクター

菊地 大介(きくち だいすけ) 1982年4月16日生まれ。早稲田大学卒業。紙媒体やWeb関連のディレクターを経験して早10年ほど。ちょっとしたことばの置き方や心の配り方で仕事のクオリティが変わってくることにディレクションの面白さと奥深さを感じている。「一見何も役にたたないことにココロをこめる」を信条に丁寧な仕事を心がける。なるべくとらわれのない状態でいたいと日々瞑想を重ねる。

“ふつうじゃない”がふつうにある